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おかねについて思うこと

雑記/思考の軌跡
僕はもともとビットコインについては懐疑派だったわけですね。
貨幣の通用力は本源的には発行する政府の持つ武力が保証している、貨幣の「信用」はブロックチェーン技術や銀行、クレジットカード会社などが保証する「正しく取引が行われうる保証」と「発行する政府が与える、強制通用力」の両輪が必要だと考えていた。

でも、普段現金を使うときって全然そんなことを考えてないということに気づいた。自分ですらそうなんだから、支払い時に「なんでこの紙切れが商品と交換できるんだろう」と考える人ってほとんどいないと思う。
それを裏付けるように、かつての日本では異国の貨幣が勝手に通用していたらしい。しかも、すでに滅亡した宋のお金が。



結局お金がなんで通用するのかというと、「自分はこれに価値があるとは思わないけど、みんなが価値を認めてる(ばかだなぁ)から交換手段として使ってやるか」という意識に由来する。

最近、あらゆる問題を考えるときジジェク(を経由してラカン)に頼る傾向があるんだけど、そのジジェクの『イデオロギーの崇高な対象』に次のような一説がある。

…トイレットペーパーが市場に豊富にあるという仮設から出発するとしよう。突然、出し抜けに、トイレットペーパーが不足しているという噂が流れ出す。この噂のせいで、人びとは争ってトイレットペーパーを買い漁る。そしてもちろんその結果、トイレットペーパーが実際に市場から姿を消す。一見すると、これは予言の自己実現という単純なメカニズムみたいに見えるが、実際にはもうちょっと複雑なメカニズムが働いている。各個人は高推論する。「私は素朴でも馬鹿でもない。店にはトイレットペーパーが腐るほどあることを知っている。しかしたぶん、噂を信じる素朴で馬鹿な連中がいるだろう。連中は噂を真に受け、それにしたがって行動するだろう。つまり必死になってトイレットペーパーを買い漁るだろう。そうしたら実際にトイレットペーパーがなくなるだろう。私はトイレットペーパーじゅうぶんにあることを知っているが、それでもたくさん買い込んだほうが得策だろう。」重要な点は、この「信じているはずの他人」というのはかならずしも実在しているとはかぎらないのである。「実在するはずだ」と他の人々が考えさえすれば、その効果は実際に現れるのである。…
S・ジジェクイデオロギーの崇高な対象』 河出文庫 p344
貨幣が通用するのはまさしくこれと同じ理由である。貨幣が通用するのは、人々が「貨幣は通用する」ということを「信じているかのように」ふるまうことによる。
これも反復としてしか生起しないのである。

実のところ、ブロックチェーンは本質ではないと思う。ブロックチェーンのおかげでブロックチェーンをベースにした貨幣制度の説得力が高まり、信じやすくなるというだけであって。

クレジットカードはVISAとかMastercardが消滅したらただのプラ板にしかならないわけだが、日本円(紙幣と硬貨)は日本国が消滅しても亡霊のように生きつづけるのかもしれない。

はたしてビットコインがそうなるかどうかはわからないけど、政府や中央銀行がかかわらない、P2P型の通貨が使われる世界はありえるのではなかなー、と転向した次第。