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るろうに剣心 星霜編

☆ネタバレはもちろん、人によってはショッキングだと感じる表現が含まれています☆

有言実行、早速るろうに剣心星霜編も観た。
これも2話しかないのですぐ見終わる。

これは、ひどい…。

新京都編は、なんだかんだいって「これはるろ剣の二次創作だ」と思いながら見ればそれなりに楽しめる。まあまあるろ剣のキャラクターも生きているし。
星霜編は、これを「るろうに剣心」でやる必要性を全く感じなかった。

星霜編の構成は、本編から十五年後が「現在」となっており、剣心は中国に行ってしまっているところから始まる。のちのち明らかになるが、剣心は中国で記憶喪失になっており、左之助に発見され日本に送ってもらうことになっている。
そしてそれを待つ薫が、剣心と出会って以降のことを回想する、というお話だ。(この回想も漫画「るろうに剣心」本編とは異なるストーリーになっている。縁編が中心)
剣心は感染症(明らかにはされていないが梅毒らしい)になっていたのだが、剣心が中国に発つ直前に薫はなんとそれを「離れていても共有できるモノ」として自分にもうつして欲しい、とうつしてもらうのだ。(この時代、梅毒は不治の病である。サルバルサンが開発されるのは明治43年)
そして最後らへんで、中国からなんとか帰ってきた剣心とそれを第六感で感じ取った薫が感動の再開、舞い散る桜の下で、剣心は薫に抱かれつつ息を引き取る…。

こういうストーリーは陰気くさくていやだ、とかそういう問題ではない。このストーリーをるろうに剣心でやる必要はあったのだろうか?脚本だか監督だかはしらないが、自分が描きたい話を描くために「るろうに剣心」を利用したとしか思えない。
二次創作とは、一次創作へのリスペクトがなければならない。(新京都編はまぁ許せるかな)
これは二次創作とも言えない、盗作といっていいレベルだと思う。

剣心がなぜ中国に行ったのか、そこで何をしようとしていたのか、ほぼ全くわからない。「感動の再開」のために無理に一回離別しただけなのではないか?と思ってしまう。




そしてこれからが本題なのだが、薫の行動:離れていても共有できるものとして同じ病気にかかること、これを見てふと思い出したことがある。

2ちゃんねるの荒らしコピペみたいなもので、「ポジガキ」とか「ポジマン」とかそういうワードが含まれるものをみたことはないだろうか?(引用は控える)
 ポジとは男性同性愛者同士の隠語でHIV陽性を意味する。ポジガキとはHIVのこと、ポジマンとはHIV陽性のウケのことだ。
これらのコピペは男性同性愛者用掲示板からコピペをしてきたものが多い。

一般的な男性同性愛者とは一緒に考えてはいけないが、一部にはHIVに感染している者が好き、や 自分もHIVになりたい・うつして欲しい、と考える人達がいるようなのである。
わざわざ自分から不治の病にかかろうとする気持ちは普通理解できないだろうが、この気持ちと星霜編での薫の気持ちは類似した点がある。
明治の梅毒、現代のHIVはともに完治する手段はなく、確実に死に至る。さらに死ぬ前はともに皮膚に症状が現れて、ひと目で病気だとわかり差別を受ける可能性もある。それなのになぜ???

それはやはり愛情を形にしたい、という欲求からくるのだと思う。
現代日本では同性では結婚もできないし(早く日本でも認めるべきだと思う)子供を授かることもできない。薫と剣心の間には剣路という子供はいるものの、京都に行ってしまっていて薫のもとにはいない。
彼らには目に見える愛の形は存在しないのである。だからこそ、二人の愛の結晶として病気を使うのではないだろうか?
誰かからうつしてもらったHIVのことを 「ポジガキ」というのはHIVを子供のかわりとしてかんがえていることによるのではなかろうか。

自分はまったくそいういう事柄とは無縁なのでよくわからないのだが、人を好きになるとは、それほど強い感情なのだろうか。