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オテサーネク 妄想の子供


WOWOWで最近プッシュされているヤン・シュヴァンクマイエルの長編作品。
番組表からあらすじを引用すると…

なかなか子宝に恵まれず、寂しい思いをしていたホラーク夫妻。ある日ホラークが、偶然地面から掘り出した、どこか人間の形によく似た木の切り株を夫人にプ レゼントすると、夫人は早速それをわが子に見たててオティークと名付け、周囲の人々の奇異なまなざしをよそに、溺愛して養育するようになる。みるみるうち に成長したオティークは、食欲を異常に発達させて、飼い猫から人間まであらゆるものをむさぼり食うようになり…。
というもの。

しかし、このあらすじを読む前に、タイトルだけから勝手に内容を想像して視聴してしまった。
というわけで、夫のカレルが木の人形を「赤ちゃんダヨー」みたいな感じで持ってきたシーンからしばらくは、この夫婦が「ただの木の切り株」を子供であるかのように装って、嘘をつき続ける物語なんだろうな、と思った。(「妄想の子供」っていうくらいだし)
その後、妻のボジェナがクッションを使って妊娠しているかのようにふるまう様子などもこの確信を強化していった。

しかし「生まれ」てしばらくして「ただの木の切り株」であったはずのオティークが動き始めたことで一気にこの確信は崩れ去った。
あらすじにも書いてあったように、切り株は「ただの木の切り株」ではなくて自律して動くことのできる怪物だったのである。
正直、このシーンでもう見るのをやめようかと思ってしまった。
なんというか、ちょっとありきたりだな…と感じた。
(まさしくそのものの内容である「オテサーネク」という民話がベースにあるので、しょうがないといえばしょうがないんだけど)

子供ができないことでボジェナがヒステリーになっておつむが逝っちゃっているんだけれども、その異常性はオティークが「生まれ」る前、つまり「ただの木の切り株」をまるで本当の子供のように抱いたり洗ってあげたりしている時のほうが強く押し出されていた気がする。

人間をも食べ始めているのにカレルがオティークを殺そうとするとボジェナは「やめてー私達の子供でしょー!」みたいなことを言う。まぁそこまで来て「私達の子供」というのはそれなりに逝っちゃってるともいえないけれども、現実問題として数々の事件をオティークが起こしたとバレてしまっては自分も責任を問われてしまうんだからという実利的な意図もからんでいるんじゃないかと思ってしまう。というわけで生まれてからは「え、なんでそう考えるのか理解できない」というインパクトは薄くなってしまっているのだろうか。

カレルが地下室にオティークを捨ててから、オティークのことを世話し始める同じアパートに住む少女(アルジュビェトカ)がなぜオティークのことを育てようとしたのかもわからない。
前半でわずかにままごとをしているシーンがあって、それがアルジェビェトカも子供が欲しいという意味で伏線になっているんだろうなとは思うけれども自分の両親を餌の選択肢にあげてしまうほど入れ込む理由がまったくない。
(人の行動に理由なんてないのかもしれないけれど、「物語」である以上は必要なものだろう。)

2000年公開の映画らしいんだけれども、映像の質感から80年代か90年代初頭の作品だろうと思っていたが、途中でブラウン管ディスプレイのPCが出てくるあたりでようやくもっと新しい作品なのだと気がついた。(そのシーンで出てくるキーボードが気になる。チェコ語配列ってどんなんだろうか。もしかしたらアルプス軸のメカニカルとかバックスプリングだったり?)

画面の色合いや小道具類(東欧のテレビってこんなくすんだ発色なんだ、とか)はやはり魅力的ではあるんだけれども、それ以上に話がつまらなかったというのが結論。
アルジェビェトカ役の子はクリスティーナ・アダムコヴァーという名前らしいけど、「アリス」に出てきたクリスティーナ・コホウトヴァーと比べると同じ名前でもこの差かぁ、と思ってしまう。
クリスティーナ・アダムコヴァー
クリスティーナ・コホウトヴァー
結局一度では見きれず二時間ちょっとの映画を5分割くらいで見たのだけど、もう見返すこともないだろうなと思った。
あとで思い出すとそんなに悪く無い作品だなーという感じ。

allcinema