亡霊・幽霊・妖怪

ベンヤミンがzur Kritik der Gewalt(邦題で一番広く使われているのは「暴力批判論」)のなかで警察権力の「Gespenst」ぽさ(邦訳では「亡霊性」となる)を指摘した。





このGespenstという単語は「おばけ」という意味になる。このGespenstをどう訳すべきか。
日本語で「おばけ」という言葉を使った場合は、おもに幽霊・亡霊を指すことが多いと思う。でも、「妖怪」も含んでいる。ドイツ語のGespenstも同じく、「亡霊、幽霊、妖怪」あたりを広く指すことばであるようだ。なので単純訳をしようとすれば警察権力の「妖怪」性でも構わないはずなのだが、デリダは「法の力」においてこれは「亡霊」であると言った。
このことについて、このブログ記事がわかりやすく書いてくれている。
http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20051008/1128783313
ちなみに言うと、僕はデリダ著作を読んだことはない。

上で挙げた記事には、柳田國男による妖怪と亡霊の区別が載っている。
ブログ記事から引用してみると
ここには幽霊とは、特定の誰かの霊であり、それゆえに固有名をもっていることが前提とされている。他方、妖怪は、固有名をもっている場合もあるが「正体が一応は不明」である。妖怪の真の名は、忘れられているか、隠されている。その名を明かす(正体を見顕す)ことで妖怪の力が失われる、という説話は、洋の東西にある。妖怪の怖ろしさの大半は、何者かわからないことから来る。
とある。(ただし、後述するように僕は幽霊と亡霊の区別もつけたいので、この引用文の「幽霊」は「亡霊」と読み替えてほしい)

これに加えて、もう一つ違いがあるように思う。妖怪は最初から妖怪として生まれる。なかには猫や狐が長いこと生きて妖力を得ることによって妖怪になるというケースもあるが、これは一種の「変態」(幼虫から蛹になって成虫になるみたいな奴)である。基本的には妖怪はそういう「種」であるといってよい。というわけで妖怪は普通物理的な実体を持つ。つまりジバニャンは亡霊であって妖怪ではないと思う。コマさんは妖怪かもしれないが。
一方、亡霊はかつては亡霊でなかったことが必要だ。誰か(動物も含め)が死んだ後にその霊魂が肉体を離れて動きまわるのが亡霊であり、最初から亡霊として生まれることはできない。
「幽霊」にはその制約がないように思える。字を見ても「死者」であることを示す要素は見当たらない。「幽霊」は最初から幽霊であることが可能なのだ。

死者の魂は生き続けるという考えのもとで「魂」が生まれるのはいつなのだろうか。世界が生まれたそのときからどこかにいて肉体が誕生するとともにそこに吹き込まれるのか、それとも肉体と同時に生まれるのか。
おそらくだが、前者のような立場はあまりないと思う。肉体が生まれる瞬間周辺で魂が生まれるという考え方のほうが自然なのではないだろうか。また、死後もいずれは個別性を失うという考え方が主流だと思われる。「幻想世界の住人たち」より「英国の幽霊事典」を孫引きすると、
ゴーストは普通400年位で消えるそうです。もっとも寿命の長いゴーストは、イギリスのある館を行進するローマ帝国の兵士で、今でも時折、その姿を見ることができるといいます。
とあるので、キリスト教が根付くヨーロッパ社会でも魂は永遠のものではないというのが一般的な見解なのだと思う。

何らかの要因で肉体を一度も持たずにいる「幽霊」というのはどこかの伝承にいないのだろうか。「天使」なんかは非常にそれっぽいような気がするが。