仏の顔も三度まで

またか…という感じかも知れないが、もうちょっとだけ続くんじゃ。

例の「漫画屋」という編集プロダクションについて調べてたんだけれども…

発行部数の少ない雑誌ではその雑誌専門の編集というのはおらず、下請けの編集プロに投げるのが一般的らしい、ということは前回述べた。
その場合下請けはあくまで下請けであって、出版社の意向をいい感じに汲み取りあたかもその出版社が自分で編集しているように編集することが求められる。出版社にかぎらず下請けっていうのはそういうものなんでしょう。



しかしこの漫画屋というプロダクションはあくまで「漫画屋」印の雑誌を発行していることを売りにしており、漫画屋の作った雑誌を出版社のリソースを借りて出していって過言でもないくらい独自カラーを押し出している。
「信用ある漫画屋が企画・編集したエロ漫画誌&単行本!!」って大きく載せてるのもすごい。

なんと出版社ではなく編集プロおかかえの作家までいるのだそうだ。違う出版社の雑誌なのに同じ顔ぶれが並んでいるのもこのせいだという。
「○○先生の作品が読めるのはジャンプだけ!」というのがあるけれども、一般的に少年漫画では漫画家と出版社の排他的な契約があるんだと思う。一時はジャンプを支える作品を書いていたような功労者だとそれほど売れなくなった、とか週刊連載に体力がついていかなくなった、とかすると集英社の月刊誌とかに載せてあげてたりしてますよね。プロ野球選手も戦力外通告を受けても球団職員やらバッピやらで再雇用される人もいるけれどもあんな感じで。

このように通常の雑誌編集下請けが
出版社「こんな雑誌売りたいから作っとけや」→プロ「へへぇ」
という関係であれば、ここでは
プロ「こんな雑誌作ったから売っとけや」→出版社「へへぇ」
という関係になっている。金が回っている業界ではないと思うので金銭面の改善にはそんなにつながらないと思うんだけれども、少なくとも自分たちの名前で仕事ができているというのは労働者側にとって重要なファクターであると考えられる。

日本で「下請け」といえば無能な怠け者の癖に高給取りの大企業様から労働力を再生産するための最低限の賃金で仕事をふられて疎外された労働にいそしむけれども最終的にはいなかったことにされるルンペンプロレタリアートというイメージがある。
でも独自路線を追求していけばすくなくとも下請けだって自分たちの名前で勝負できるんだということで、「未来世紀ジパング」とか「ガイアの夜明け」で取り上げても良い事例なんじゃないかと思う次第。

※創刊時のBUSTER COMICを見るといトうとかカワディMAXとか今Mateにいる人達の名前がちらほら。

やったねたえちゃんはバスター創刊号。

 ZUKI樹が描いてますね