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伽藍とバザール

その他/同人関係
ここ一年くらいで、二次創作同人の趨勢は大きく変わったと思う。10年弱?圧倒的なシェアを誇っていた東方が徐々に勢力を落として艦隊これくしょんブームがやってきた。
個人的にどちらもろくにコミットしたことがあんまり無いので(東方の方はちょろっとやったことがある。でもシューティング自体好きじゃないので)特にどちらかに肩入れするわけじゃないんだけれども、個人的に艦これは面白そうだとも思わないし、好きになれない。
(東方原作自体はさっぱりだけど、IOSYSのCDとかよく聞いてますね。今でも。)



運営が角川とDMMというわけで、両方共反社会的勢力との関連が深い企業であるというのも気になる点ではあるが、一番の問題はそこではない。
根本的にコミュニティーのモデルが異なっている。

東方は、東方靈異伝が出たのが1996年。まぁPC98時代の設定は実質リセットされているので始まりを紅魔郷が出た2002年としても、本格的なブームになるまでの「潜伏期間」が数年あった。
このときに、二次創作におけるキャラクター設定の深みが生まれたのではないかと思う。単に流行に乗って騒ぎたいだけの連中がおらず、少数精鋭によってクリエイティブなインタラクションが起きていたということだ。
各キャラクターは原作ゲームではステージが終わるごとにちょろっとしゃべる程度なので、そんなに深みを持った状態で生まれたとは考えにくい。その僅かなセリフや、説明書のキャラ設定を読んで想像をふくらませ生き生きとしたキャラクターとして出来上がっていったのは、みんなが肉付けをしていったからということである。
現在残っているキャラクター設定はほとんど二次創作の場で発生したものだということじゃないだろうか。まさしくバザールである。

ドラゴンクエストシリーズ天空シリーズ)で実は同じようなことが起きている。FC版、SFC版では当たり前ながら会話システムなんて言うのはないし、作品内でそれぞれのキャラクターの個性が出るのはイベント時のわずかな会話にすぎない。それが「ドラゴンクエスト4コママンガ劇場」作家たちによって誇張され、DS版の発売とともに公式設定として反映された(7のエンジンを使った天空シリーズDS版には会話システムがある。4の場合はPSからか…)
今では当たり前になっている「クリフトはアリーナに片思いしている」というのは、実はもともとは二次創作発祥の設定なのである。
僕が読んでた頃は堀口レオとかがいたので、相当後期になるらしい

で、これは定量的な分析を行ったわけではなく身の回りにいる東方厨何人かに聞いただけの話であるが、件の東方ブームが始まったのはいつごろだと思うか、と聞くと、大体「風神録の後」 という答えが返ってきた。
個人的な主観ではあるが、二次創作で定番キャラクターとして定着しているのは地霊殿登場キャラくらいまでで、その後はなんとなく新作が出るたびに使い捨てられてしまっている感がある。
つまり、「本格的なブーム」が始まってしまったことで、二次創作製作者における「消費者」(すでに出来上がってる設定をなぞって言葉通りやまなし・いみなし・おちなしなのを描くだけの集団)が増え、結果として旧来のクリエイティブな層が霞んでしまう、または離れていってしまうという現象が起きたということだろうか。
そして、その現象が起きるまでに十分深みを蓄積したキャラクターが残り続ける一方、新たなキャラクターに対する深み付けが行われにくくなっているのでそのキャラクターに魅力が生まれにくく、次が出たら忘れられてしまいがちな状況が起きている。

一方の、艦隊これくしょんの方はサービス開始が2013年4月、その年の暮れにはもうけったいなことになっていたと思う。ということで、ほぼ潜伏期間がなかったといっていい。
ということはコミュニティー内でキャラクターを育てることなく、中身が熟成される前に「消費者」が群がってきてしまったというわけである。裏を返せば、みんな「公式」が決めたものをなぞっているだけであるということだ。(つまり、伽藍というわけ)
だから、とりあえず語尾に「デース」だけつけとけばいいや、的なものしか作られないのはそういうことなのである。

もちろん、そんな極端な話ではないと思うけど、漠然とした傾向はあるということは間違いないと思う。

最近、ニコニコ超会議というものがはやっている。僕はまったく魅力を感じないので当然行ったことがないんだが、ホームページをみるといろいろなブースが「用意」されているようだ。つまり、一般参加者は運営側が用意してくれたアトラクションを楽しんで帰る、それだけのイベントなのである。
コミケの企業ブースもおんなじです。

集合知の時代がどう、とか言われているものの最近のサブカルチャー界隈はどんどん「消費者=お客さん」が増える一方でコミックマーケットの理念でもある「全員対等な参加者」というのはあんまり受けなくなってきているように思う。

だいたいわかると思うけど、僕はバザールが好きなのである。サブカルチャーに限らず、ほとんどあらゆる場面でバザールのほうが優れていると思う。(WindowsにできてMacにできることはあるけれども、それは大体Linuxのほうがうまくできる。)
原子力発電所の管理とかミッションクリティカルな分野は伽藍方式のほうが良いとは思うけど、何かを「創る」のであれば、バザールのほうが絶対に面白いものができると信じているし、プログラミングの世界でGithubが流行っていることや3Dプリンターが普及するとともにCADデータを共有するサービスが続々と出てきているのはバザールが優れていることを裏付けていると考えている。

とはいえ、それはコミュニティー参加者がみんなクリエイティブでありたい!と思っている限りにおいて。
結局のところ、 コミュニティーが拡大すると自分は何もせず何も考えずに楽しめればいいっていう人たちが増えるってことなんだろうけれども、つまらない時代がきそうだな、と。