愛しい奈々!おはよー!チュッ(笑)

リングマシンが停止するのはどんなときだろうか?

最近、自然言語処理のようなものも興味の対象に入ってきているわけだけれども、その近くに「形式言語理論」というものがあるがある。
別に形式言語のことはわからなくても自然言語処理を使ってなにかをすることはできるだろうし(もろもろのツールキットが充実しているので)、逆に形式言語を学べばそのまま自然言語処理につながるということもないんだろうけれども。
とはいえ「NLP with Python」にも形式言語の初歩みたいなことは書いてあるし、まぁさらなる高みを目指すならぜひ抑えておきたいポイントであるというところだろうか。
(右再帰はOKで申し訳ないが左再帰はNG。なのはどうしてなのだろうか。)



そんな形式言語理論だけれども、最近入門書としていいのがあるということで「白と黒のとびら」という本を買ってみた。
これはいっとき話題になった「数の悪魔」路線の本で、「筆者」がえんえん語りかけてくるタイプ(普通の教科書みたいな)ではなく、小説風の仕立てになっていて登場人物が謎解きをしながら成長していく物語風教養本である。(哲学でいえば「ソフィーの世界」とかもありますね)
本文中には「チョムスキー階層」だとか「プッシュダウンオートマトン」だとかいう専門用語はまったく出てこなくて、古代ルル語だとか古代クフ語だとかいう架空の言語がでてくる。これらの言語は妖精や小人が遺したものということになっているし、これらの言語は妖精や小人の作ったダンジョン(洞窟や塔)と対応している。登場人物も主人公は魔術師の弟子で、当然師匠に大魔導師様が出てくるなど世界観は中世RPG風のものになっている。
だけど、これがなかなかクセモノなのであった。

序盤の方のストーリー はスマホゲーのシナリオみたいなもので、肝心のゲームパート(形式言語理論を使ったパズル)を盛り上げつつも無駄な自己主張はしない、という程よい感じになっている。
だが、終盤1/3くらいから急に物語パートが急に存在感を発揮し始める。
しかもその盛り上がり方が寒いというか、2chのSSやネット小説並なのである。その部分だけを切り取って見せられたら、「小説家になろう」から取ってきたのかな?というレベル。

特に仲間と姿を消した師匠を探して巨人族のすみかを訪れたあたりの会話の掛け合いなんかは 典型的理系脳の俺でもこの文章はひどいと思う
なんたらファンタジア文庫とかならともかく、東京大学出版会の看板をつけて売り出すのにこれは…という感じである。

こう考えると「数の悪魔」は かなり良く出来ているな、と感じる。
本題に入るための導入として機能しつつ、余計なストーリーは盛り込まない。
「白と黒のとびら」のほうは形式言語の研究に携わる現役の研究者が書いているんだけれども、「数の悪魔」のほうは数学者ではなく文筆業の人が書いている。
文字で紙を埋めるというところこそ同じだけれども、論文を書くのと小説を書くのではまったく違うんだなぁ、というところである。