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記号を着るということ

秋葉原にいくと、チェックシャツにジーンズ、そしてハイテクスニーカーを合わせるというステレオタイプなオタクが歩いている。(バンダナまでいくと明らかにコスプレの域だと思う)また、エンジニア(プログラマー)にもいる。
かつては服装に興味が無いとそういう格好に落ち着いていたのかもしれないが、今となってはその流れは不自然だ。ジーンズはともかく、チェックのシャツやハイテクスニーカーはわざわざ買わないと手に入らないものになっている。(と感じる)
「ダサい」という社会的評価を得るについれて、需要も減少し供給も減っているはずである。





この場合、チェックシャツにハイテクスニーカーをわざわざ身に纏うということは積極的なコミュニケーション行為であると考えられる。


世の中のイメージでは天才は「天才と馬鹿は紙一重」という言葉が広く流通していることからわかるように<普通>の人が 興味を示すようなことに興味を示さなかったり、<普通>の人が簡単にこなすことを不得意にしていたりが求められている。
エンジニアなんかまさしくそういう文化があるような感じだけれども、一般的な状況であれば「だらしがない」、「不潔」といった印象をあたえる装いが逆に「もしかしたらとんでもない能力を持っているのではないだろうか?」という期待を抱かせる効果を持っている。


服装ではないんだけれども、ここ最近LGBT関連のニュースが多いのは気になるところである。
ファッションデザイナーにはゲイが多い、などから「ゲイは感性がすぐれている」などという固定観念が出来上がっている。
社会的な不利益を被らないようにゲイがストレートをよそおって生活するというのはよく聞くところであるが、一部の世界ではその逆も多いのではないだろうか?