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4/1~4/10までのアンテナ

雑記/今週のアンテナ
新年度の試みとして、これからはニュースの中から興味がある記事を一週間ごとにまとめていってみます。
とはいえニュースにかぎらず、「自分がその週知った情報」も載せていくかもしれない。


トランプ大統領誕生なら米国は覇権国家から転落する

アメリカの政治について、特に共和党の支持層はわかりにくい。かつては反主流の茶会派出身のクルーズが共和党本流の候補者扱いになっているし…。
そもそもキリスト教原理主義プロテスタント)みたいな福音派と小さな政府原理主義者みたいな茶会派って対立しそうなものだけど。
(4/5)

リビア統一政府の暫定首相がトリポリ到着 反対勢力の抵抗続く

世界の目は中東に向かってアフリカの問題は存在しないことになってしまっている感。アラブの春とかいつの話やねんって感じですよね。
(4/5)

ブタの心臓を人間に移植する「異種移植」が現実のものに近づく、945日間も生き続けることに成功

豚の生殖器を人間に移植することはできるのかな?
(4/6)


LINE 関東財務局が立ち入り検査

ゲーム内コインも通貨扱いになるんだー。
地域商品券は現金でも買えるものを買う能力を持っている。なので「○円相当の通貨」っていえるのはわかる。でもゲーム内コインはゲーム内コイン以外との交換では手に入らないアイテムと交換出来るだけ。なので「通貨」という言葉が当てはまるのは変な感じ。
(4/6)

TVタックルひきこもり問題、当事者が本当にほしい支援、親に必要な支援とは

引きこもり側からすればこういう乱暴な手法をとられたくないというのは当然。こうやって無理やり出したところで引きこもりの原因から対策したことにはならないというのも妥当な話だ。
しかし親の側に「急に外に出てもらわないといけない理由」が出来てしまったとしたら、こうするしかないとも思う。
そんな事態になる前に時間をかけて円満解決できるのがベストなんだけど。
(4/7)

人はロボットの「秘部」に触れると「興奮」するという研究結果

人はえっちな漫画を読み、現実の人間とはぜんぜん違う「人体」に興奮できる。それを考えれば驚くような結果ではないと思うんだけど。
(4/8)

ローマ法王、現代の家族のあり方に理解呼びかけ 家族愛について指針 

もともとカトリック的な倫理&家族観をもっていた人が結婚したとする。しかし結婚してみて初めてわかったことだがその相手は裏の顔を持っており、日常的に暴力を振るわれるようになった。だんだんとその程度がエスカレートしてきて、カトリックの教えに背くことにためらいを感じつつも、命を守るために離婚を決意した…という人が「離婚したけどカトリック信者でいさせてください」という気持ちをもつのはわかる。
しかし、最初からカトリックから真人間あつかいされてない同姓愛者がカトリックにすがろうという気持ちはよくわからない。自分はまったく同性愛について異常だと思わないし、それを異常だとする世界観を受け入れられないんだけども。
(4/8)

カリスマホストの“罪”(上)ソープで貢いだ女子大生の悲劇、豪華シャンパンタワーのお代2000万円也

ホストクラブについては『夜王』と『闇金ウシジマくん』で勉強した。
「自分をNo1にしてくれ」、「俺がNo1になるには『お前の力』が必要だ」といった言葉によって「自分の力によって歴史が変えられるかもしれない」という世界の主人公になったように思い込んでしまう。
「会社や学校といった社会では、自分じゃないほかの誰かが自分の位置にいても何ら変わりない。でもホストクラブでは自分がここで頑張らなきゃ世界は変わらない!」「歴史を変える当事者になれるのであれば外の世界でどんな辛いことがあっても耐えてみせる…。」
こういうのもセカイ系っていうんですかね?
(4/9)

米大統領選 民主サンダース氏制す 3月下旬以降7勝目

個人的には支持してるんだけど、実際に大統領になってもらいたいかというとそれはまた別の話。できればヒラリーVSサンダースの競り合いが長続きして、ヒラリーが徐々に左のほうに寄っていって勝利というのがいいんじゃないだろうか。
(4/10)

結局「IoT」で何ができるようになるのか

記事から引用すると、
日本の場合は法律が大陸法方式で作られていて、書かれていることはポジティブリストに絞られる。これに対して、米国は英米法方式で、書かれているのはやってはいけないことのみのネガティブリスト。簡単に言えば、日本の法律は何をやっていいかが書かれ、書かれていないことはやってはいけない。公職選挙法ができたときにネットはなかった。だから選挙に使っていいとは書かれていなかった。ということは使ってはダメとなる。ネガティブリストの米国ではもともと枠外になる。
というところはへぇーと思った。大陸法とイギリス法の違いとしては成文憲法があるかないかという違いが語られる。この性格の違いも影響をあたえるのではないだろうか。
「コモンセンス」のようなお互いの信頼に重きをおくような要素を排除し、成文憲法だけに法律の根拠をおくという性格が、人の信頼というものに頼らず事前にやっていいことだけを定めるという形であらわれているんだろうな、と思った。